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「『いってきます』といった人は『ただいま』と言う義務がある。労働安全コンサルタント角田淳による、安全衛生で使えるアイデアや教育ツールのご紹介

松下幸之助、ドラッガー、ヘレン・ケラーの格言をこじつける。

      2015/07/13

entry-339格言や名言は、便利なもので、いかようにも解釈ができます。

その解釈の自由さを、安全衛生分野にも及ぼしたらどうなるかとうのが、格言でこじつける安全衛生活動です。

Twitterで、一時期投稿していたネタは、まだあと30ほどあり、ストックはまだ十分です。

さて、今回も3人の格言を取り上げてみたいと思います。

松下幸之助の格言
たとえ平凡で小さなことでも、それを自分なりに深く噛みしめ味わえば大きな体験に匹敵します。
【解釈】

安全対策は地味で平凡です。効果があるのかもよく分かりません。
でも怪我をせず帰宅することが、自分や家族にとってどれほどの価値があるかを考えると、それって大きなことに思えないでしょうか。

姫路城の改修やスカイツリー建設などの巨大プロジェクトは、携わる人のモチベーションを高めてくれます。

「あの姫路城は、自分たちが作ったものなんだ!」

後々こんな自慢ができる、誇らしく大きな体験といえます。

言うなれば、昔NHKで放送していたプロジェクトXのようなものです。 映画にもなった「陽はまた昇る」を見て、泣いた人も多いのでは。

しかし世の中には、プロジェクトXになりそうでもない仕事の方が多いです。

毎日当たり前のようにやっていること。 平凡で地味、そして誰でもやれそうなことは、特別なこととは感じにくいです。 特別なモチベーションを持つことも、あまりないでしょう。

安全衛生活動も平凡で、地味な活動です。 誰でもKY活動はできます。規則を守り、保護具を身につけることもできます。 整理整頓も難しい技術が必要ではありません。

ただ日々繰り返し、繰り返し行われることです。

安全活動を向上は、直接的に生産性に関わりません。 職場環境を改善し、効率アップ、品質向上に貢献はするものの、補足的なものです。

それなのに、事故が起こった場合には、とてつもないマイナスを出してしまいます。

会社にとってもですが、被害を受けた人本人や家族にとっても大損害です。 傷1つなく帰宅する。事故は当たり前の日常を壊してしまう可能性があるのです。

そう考えると、毎日家族が欠けることも、怪我もなく顔を合わせることは、どれほど大きなことでしょうか。 変わらない毎日を作り出しているのが、安全活動であるとも言えます。

何も特別ではない安全活動。 これが作り出している価値、失わずにすむ価値を噛みしめると、毎日の保護具着用も意味のあることと言えるでしょう。

「陽はまた昇る」でも松下幸之助さんが登場されていましたが、平凡で地味な仕事の大切さを説かれているいい言葉だと思います。

ドラッガーの格言
最も重要なことから始めよ。
【解釈】

仕事の成果を上げる、目標を達成するためには、最も重要なことから行います。
しかし目標を達成するに当たり、怪我や病気になっては元も子もありません。
重要な事の1つは、自分たちの身の安全を確保することも含むと忘れてはいけません。

「もしも野球部マネージャーがドラッガーを学んだら」のドラッガーの言葉です。

全ての仕事は平等ではありません。 とはいえ、仕事に貴賎があると言いたいわけではないので、誤解はないように。

目的を達成するのに重要な仕事と、あまり重要ではない仕事があるということです。

もしあなたがフランクリン・プランナー手帳を使ったり、タイム・マネジメントについて学ばれているならば、仕事には4つの領域があると知っているのではないでしょうか。

4つの領域とは、縦軸に重要度、横軸に緊急度をとった図で表され、仕事の優先順位を把握するものです。

(参考 第三の習慣 重要事項を優先する )

つまり、仕事には「重要で緊急性を要する」ものもあれば、「重要でなく緊急性も要しない」ものもあるということです。

時間は限られているのですから、優先順位をつけなければなりません。 目的を達成するためには、重要なものからやっていく必要があります。

安全確保や健康を守ることは、直接的な目的達成に役に立つようには見えません。

しかし、こうも考えてみてください。
事故や病気で目的は達成されるでしょうか。

そう考えると、かなり重要な事だとわかるはず。

緊急性は小さいかもしれませんが、安全を確保すること健康をまもることは、かなり重要度の高いことなので、忘れず行っていきましょう。

ヘレン・ケラーの格言
もしも、この世が喜びばかりなら、人は決して勇気と忍耐を学ばないでしょう。
【解釈】

仕事も達成する喜びだけを見ていると、時に足元をすくわれます。
安全と健康の確保は、効率を阻害しますが、過去の痛みがその必要性を学ばせてくれるのです。

ヘレン・ケラーは好きで、格言として取り上げるのもこれ3つ目です。 この言葉も、何とも考えさせられます。

生きていくなら嬉しく喜びにあふれ、楽しいことばかりがいいですよね。
でも、喜びだけ続いていたら、それが当たり前になってしまいそうです。
お金持ちは、お金があることが当たり前になってしまうのに似てるかも。

喜びは、辛いことと比較して感じるものではないでしょうか。
ピンチになった時、踏ん張れるのは辛い体験があれば、耐える力になります。

安全衛生活動も、事故がないのが当たり前になってしまうと、その損失の大きさ、辛さに無頓着になります。

確かに事故は、そんなに身近にあふれているものではありません。 一度も事故にあったことがない人も、少なくないのでは。 無災害記録は良いことですが、一方では危機感を小さくします。

あなたの事業場は無災害でも、休業事故は年間約11万件、死亡者は1000人を超えています。 どこかで、事故は起こっているのです。 事故を起こした事業場は、特別ではありません。日々繰り返される仕事で、ほんの少し何かがくるっただけです。

大きな痛みと悲しみを伴う事故は、他人事ではありません。

目的を達成する、売上を上げるといったことは、目に見えた成果です。
成果が上がると嬉しいものですよね。

安全活動や設備、健康確保のための対策などは、ガンガン成果に向かって進みたいところに、ちょっと水を差す存在です。
時には、ブレーキをかけてしまうこともすくなくありません。

しかし、少し何かきっかけがあれば、事故になります。
過去にそんな事例は、山ほどあります。

過去の事故で多大な犠牲が払われたからこそ、今の安全衛生対策になっています。
仕事は成果だけを見てていいものではない。

犠牲があったから、その対応策も考えだされました。
被災し苦しむ人とその家族がいたことが、安全対策の重要性を考えさせるのです。

過去の犠牲者から、私たちが学ばなければならないことと言えます。

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