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又吉直樹さんの「火花」を読み、オタクと世間とのギャップについて考えた

   

hibana

「火花」 又吉 直樹 著  文藝春秋 2015/03

【第153回芥川賞受賞作】笑いとは何か、人間とは何かを描ききったデビュー小説

売れない芸人徳永は、師として仰ぐべき先輩神谷に出会った。そのお笑い哲学に心酔しつつ別の道を歩む徳永。二人の運命は。

芸人初の芥川賞受賞ということで、ニュースで大きく取り上げられていました。 この賞を受ける前から、あちこちで取り上げられていましたね。

「芸人初の快挙」、「受賞も納得だ」という意見のなか一部では、何やら否定的な意見もあるようです。 何事においても、色々な意見があるものですから、それはいいと思います。

以前でしたら、私は無関心かやや否定気味の立場でした。
まとめサイトとか見ていると、どうも皮肉めいた発言が多く、何となく引っ張られているような感じでした。

しかし、読みもせず、何となく雰囲気に呑まれるのも嫌だなと思い、とりあえず読もうと思ったのでした。
私も、昔とは違うのです。Kindleは恐るべきことに、すぐに買えてしまうんですよね。

さて、内容は本のアオリそのものです。
ミステリーじゃないので、ネタバレというものはありませんが、詳しい内容や状況について語るのは野暮なので、感想だけ。

かなりしっかり作られていたように思います。
芸人さんというフィルターがあるから特にそう思うのかもしれませんが、紛れも無く小説です。

何というか、終始漂う辛気臭さと気だるさは、ああ日本の小説って感じでした。

文章には癖があります。 でもこれは作家の個性でしょう。 どんな作家でも癖はあります。本業の作家でも同じです。 ただ、読み始めて、一文が長いな~とは思いました。

前半は、主人公の徳永の目を通し、4つ上の師匠、神谷との日常が淡々と気だるく続きます。 多くのお笑いの人達は、日々こんな感じなんだろうかという様子です。

その気だるい様子は、後半で一気に熱を帯びます。

後半20ページ(Kindleだと%?)は、一気呵成、かなり引き込む力を持っていました。 終盤の徳永と神谷の会話は白熱、加熱、沸騰し、クライマックスを迎えます。

他の人と傑出しているかは判断がつきませんが、賞とってもいいんじゃないでしょうか。 そもそも小説は娯楽なのですから、芥川賞が純文学などど高尚ぶっても、読者を楽しませてなんぼでしょうし。

そんな感想を、次の布石にしてみます。

index_arrow お笑い芸人の笑いと世間の笑い

さて、「火花」の内容や感想からズレるのですが、読んでいて感じ入ることがありました。 ここからがこの記事の本文になります。

登場人物は、徳永と相方、神谷と相方、あと2~3人てところなので、非常に少ないです。
必然、芸人の世界がメインになります。
徳永と神谷が日常的に行う会話なども、独特のものがあります。 芸人さんたちに共通する価値観は「面白い or not」です。

昔、松本人志さんがパーソナリティを勤めていた「放送室」というラジオが好きでした。 それを聞いている時も感じたことですが、松本さんも「面白い」ことを追求しているんですよね。

日々、追求し研鑽するとレベルが上がります。 それはどんな世界でも同じですよね。
ガジェットが好きな人はガジェットマニアになるし、ゲームが好きならば上手くなる。 鉄道、航空機、軍事、アニメ、政治、そして文学と好きこそものの上手なれです。

周りに共感し、張り合える仲間がいると、さらに磨きがかかります。
お笑いの世界だと、周りが芸人だらけなので、まさにお笑い修羅たちがひしめく世界といえるでしょう。

一方で、過ぎたるは~というのもあります。
仲間内で突き詰めすぎて、オタクになっていくと、世間一般の認識とのギャップが大きくなるのです。

「火花」終盤の話にもなるのですが、芸人が面白いと思ったことは、世間では理解されない、引いてしまうこともあるのです。
度を超えてしまうってやつです。
松本さんも、全力でやったらもっと面白いことができるけど、世間でもわかるように抑えていると言われていました。

これはどんな世界でもどうようでしょうね。 世間的に、アニメの声優さんが誰かなんて、あまり気にしないものではないでしょうか。(小山力也さんと中田譲治さんの声が好きです)

どんなにいいと思ったことも、理解されなければ、ただの自己満足なのです。

世間ずれと言いたいところですが、この使い方は誤っているですよね。 すれは擦れだそうで、ギャップがあるという意味ではないようです。

index_arrow 安全も度が過ぎると、理解されなくなる

私は安全管理というものに携わり、これに意義と面白さを感じています。 世の中には、そんな人もいるのです。

そのため、あれこれ本を読んだり、考えたりしています。
他の事例を見て、効果的かもしれないという対策も工夫します。

私としては効果的だと思い、方針を打ち出したとしても、実際に安全対策を行う作業者にとってはどうでしょう?
負担だけを増やすだけで、嫌気を増すだけじゃないのでしょうか。

安全対策と言って、書類ばかり増えるところがあります。 まさにこれは、実務を行う作業者への負担だけを増やすものかもしれません。

書類は記録になりますが、適当にも書けたりします。 そんなのはアリバイ作り。 書類作成に力を注ぎ、本来の実務に師匠を出すようじゃ、本末転倒この上なしです。

書類じゃなくて、効果的で、きちんと理解し実行されること。

これが大切なんだと思います。 知り、学び、追求し、わかりやすいように崩す。 めっちゃ腹立つ事、誰もが経験があるけど気にしていないことを、拾い上げ面白く仕上げる。

お笑いを作るのも、安全対策を行うことも同じかもしれません。 安全対策の場合は、実行が伴わなければ意味がありません。 そういう意味では、リズムネタのように真似したくなるくらいがいいなと思います。

ISOで必要だから、法律で決まっているからでゴリ押すのは、2流です。 M1の予選だと2回戦かせいぜい3回戦レベルです。

決勝に残るには、ドッカンドッカン受けなければなりません。

そんな風に、安全活動ができるたらいいなーと、心に火花が1つキラリ。

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