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「『いってきます』といった人は『ただいま』と言う義務がある。労働安全コンサルタント角田淳による、安全衛生で使えるアイデアや教育ツールのご紹介

「セメント樽の中の手紙」が、今の時代に伝えること。

      2015/08/20

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リーマン・ショック以降、世界中の経済が冷え込みました。 日本でもこの影響で、デフレが深刻化しました。

不況になると、会社は業績が悪くなり、新入社員の採用もかなり控えられました。
就職氷河期の底の底でした。
さらに新規採用だけでなく、給料が上がらない、リストラなどで、労働者の立場は苦しくなってしまいます。

このような労働者不遇の時、ブームになった本がありました。
小林多喜二の「蟹工船」です。 翻訳も新たにされ、読みやすくなったこともあり、よく売れていました。

「蟹工船」はかなり悲惨な現場で働く人たちを描いていますが、彼らに自分自身と重なるものを見ていたのかもしれません。

小林多喜二などは、労働者の文学、いわゆるプロレタリア文学に分類されます。
大正から昭和初期にかけて、近代化を推し進めていく日本の闇の部分が、悲惨な労働環境でした。

劣悪な環境で働き、事故や怪我、病気が蔓延している労働現場。
「あゝ、野麦峠」や「女工哀史」なども、近代化の影で命を落としていく労働現場を描いている作品です。

index_arrow 葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」

このようなプロレタリア文学の中に、葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」という作品があります。

この作品、わずか5ページほどの短い話です。
学校の教科書にも掲載されているようなので、読んだことがある人も多いのではないでしょうか。

短い話ですし、青空文庫では無料で読むことができます。
内容は、かなり凄惨なものです。

コンクリート打ちのため、セメントを練っていた職人が、樽の底に木箱があるのを見つけます。
何だろうと気になり、持ち帰って開けてみると、その中には1通の手紙がありました。

その手紙には、衝撃の内容が書かれていました。

手紙を書いたのは、セメント工場で働く女性です。
彼女には同じ工場で働く恋人がいました。

彼は砕石を破砕機(クラッシャー)という機械に入れる仕事をしていました。

ある日の作業で、彼はその破砕機に巻きこまれます。
周りの人たちは助けようとしますが、彼はそのまますっぽりと引きこまれてしまいました。

破砕機の出口からは、赤いセメントが出てきます。

そして、恐ろしいことにその赤く染まったセメントは、樽詰めされ、出荷されていったのです。 彼はセメントになってしまったのです。

彼女が手紙を書いた理由。
それは、彼がどこの現場で使われたかを教えて欲しいというものでした。

彼のセメントは、とある発電所に使われました。
それが彼の墓です。
建物が彼の墓標なのです。

わずか5ページほどの間に、こんな内容が書かれています。

この作品が書かれた時、労働者の権利などは低いものでした。
怪我と弁当は、自分持ち。 そんなことも言われていました。
今とは大きく状況が異なります。

しかし、同様の事故は、今も起こっています。
破砕機に巻き込まれる事故など、極めて痛く怖い事故です。

点検中、破砕機に巻き込まれる事故(香川県観音寺市)

さすがに事故があった製品をそのまま出荷はありえません。
倫理的にも品質的にも、絶対NOです。

事故の対策も、この作品が書かれた時より、はるかに進んでいます。
でも事故は起こってしまいます。

index_arrow 機械とはほどほどの距離感で

機械メーカーは、日々性能も安全性も改良を重ねています。
安全設備については、法的に規制があることに加え、メーカーの努力で安全性を高めているのです。

事故の確率は減っています。
残念ながらゼロへの道は、まだまだ遠いようですが。

機械自身の安全性能が進歩したのですが、最終的に安全に作業をするのは人の手にかかっています。 全てを機械任せにすると、命取りです。

事業者、管理者は安全に作業させることに、力を注がなければなりません。
作業者は、自分と同僚の安全を守ることに、集中しなければなりません。 機械の性能と、人の意識と行動が一緒になって、安全が作られるのです。

「セメント樽の中の手紙」のような事故は、遠くて近い話です。
遠い時代だけれども、身近に起こることです。

長い間仕事に携わっていると、「機械に巻きこまれたら死ぬ」という事実が頭から抜けます。
そんなことないだろうと、思うかもしれません。 一緒に働いているうちに、機械も相棒になります。相棒に牙を剥かれるなんてと、油断してしまいます。

機械はある意味、野生の動物に似ているのかもしれません。
ある程度コントロールできるが、気を許しすぎたり、油断すると、襲われます。
柵の中にいるのを見るくらいが、調度良い距離感なのでしょう。

ぜひ、機械は怖く痛いものなんだという教訓になる作品ですので、安全教育で使ってみるのをおすすめします。
自動車免許の更新の時に、事故現場の映像とかを見せると、身が引き締まるみたいになるのではないでしょうか。

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