今日も無事にただいま

「『いってきます』といった人は『ただいま』と言う義務がある。労働安全コンサルタント角田淳による、安全衛生で使えるアイデアや教育ツールのご紹介

フィクションは事実より真に迫るから、安全教育に使える。

   

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火気の取扱いについての記事を書いたところ、コメントで「高熱隧道」という小説をご紹介いただきました。
コメントは、昔は隧道(トンネル)、鉱山、炭鉱での事故で簡単に失われていたのだということです。

「高熱隧道」は、まさにそんな内容の本でした。



私は、この本の著者である吉村昭氏の作品としては、「羆嵐」というのを読んだことがあります。 これは明治時代に北海道の三毛別で起こったヒグマによる事件を取り扱ったものです。恐るべきヒグマによる襲撃を淡々とした語り口で書かれています。
内容は、陸の「ジョーズ」といった感じといえるでしょう。自然の驚異に振り回される人の姿が描かれています。

「高熱隧道」は、戦時下における黒部第三発電所での工事を題材に書かれた作品です。
黒部発電所を取り扱った作品といえば、石原裕次郎さんが主演された「黒部の太陽」が有名ですね。これは戦後の話ですので、「高熱隧道」はそれよりも前です。
今のようにトンネル掘削機械もありません。運搬技術もありません。施工方法も今とは違います。

機械や技術の未熟を何で補ったか。
当然のことながら人の手によってです。

この工事で、作業に携わる人は常時数百人います。
黒部の山奥に、宿舎を立て、ともに寝起きしています。
たくさんの人が作業し、そしてたくさんの人が死んでいきます。

事故が起こった時、報道されるのは、事故の概要と被災した人の名前だけです。
記事としてはほんの数行、ニュース番組では、10秒ちょっとくらいです。

いかにあっさりしたものか。
人が死んだという事実が紹介されているだけでしょう。

事故の悲惨さ、その家族、同僚の痛みまでは届らません。
そのため、事故の報道を見ても、事故防止に役立てよう、注意しようという気を引き起こすまでにはいかないのです。

逆に、事故などを取り上げた小説や映画などのほうが、登場人物に感情移入できる分、その悲惨さを痛感し、事故防止に努めようという気持ちを引き起こしやすいのではないでしょうか。

そういった意味で、「高熱隧道」などは、事故の痛みを感じるためにもよい作品です。
もちろん、そういった邪な読み方をする必要はなく、作品としても楽しめますよ。
昔、NHKでやっていたプロジェクトXを見たような熱さがありました。

index_arrow自分が当事者になること

「高熱隧道」では、とにかくあっさり人が死にます。
死ぬ人は、ボッカと呼ばれる現場まで荷物を運ぶ人、トンネルに入り作業する人たちです。

現場までは、獣すら通れないような場所を通るため、谷に落ち亡くなります。現場がスタートする前にすでに数名亡くなります。
トンネル工事が始まると、その中は地熱に満ち、トンネル内の温度は50度以上、岩盤の温度は最大160度以上になります。
おそるべき環境です。

トンネルでは、発破によって掘り進めます。岩盤のあまりの熱さのため、ダイナマイトをセットすると、勝手に爆発するという事故もあります。その発破に巻き込まれる、トロッコに衝突する、さらにはとてつもない雪崩に巻き込まれ、死亡者の数は合計で数百人に上ります。

はっきりいってとんでもない工事現場です。
現在では確実に許されないでしょう。

人が死ぬのが日常的で、技師も作業者も土木作業は死がつきものだということを前提とします。
なんとも命が軽い。
そして、その死に様は凄惨です。爆発に巻き込まれた遺体は、原形をとどめていません。それらを拾い集め、並べる。恐るべき状況といえます。
また亡くなる人には、家族があります。友人がいます。そして同僚がいます。小説などではこの人たちの姿も描かれます。事故そのものの凄惨さより、家族の悲しむ姿のほうが心には迫るのではないでしょうか。

先日、Amazonのプライムビデオで「ドロップ」を見ていたのですが、これも事故のワンシーンがあります。
詳しい状況を書くとネタバレになるので避けますが、事故が起こった時の家族の様子はある程度リアルなのではないでしょうか。



事故というものを考えるとき、状況や事実だけを述べても、再発防止には効果が薄いでしょう。
リアリティを感じないからです。
しかし、映画などはフィクションですが、そこで傷つく人の姿が描かれているので、一層リアルさを感じます。
人の心を動かすのは、そのリアリティです。

自分が事故にあうと、家族がどう感じるのかをリアルに感じさせるのです。
それが事故を防止しなければという気持ちを高めるのではないでしょうか。

そう考えると、安全教育で事故を取り扱った映画やドラマなどを見せるのも、ある程度効果的なのではないでしょうか。
しかし、ただ見せていたら映画を楽しんだだけになりますので、視聴後には事故について意見交換をする必要はあります。

また一時は安全意識が高まっても、効果は長続きはしないので、安全教育は継続していく必要があります。

たまに、安全教育の教材として小説の一部を抜粋したり、映画やドラマを使ってみてもいいのではないでしょうか。
小説であれば「高熱隧道」はおすすめです。
映画は「ドロップ」は、見やすくていいのではないでしょうか。

ところで、来年1月に小野不由美さん原作の「残穢」という映画が公開されます。
この作品、小説で読んだのですが、かなり怖いです。怖いといっても「リング」や「呪怨」といったものとは違います。何というかゾクゾクする不気味さが漂っている感じです。 小野不由美さんは「魔性の子」や「屍鬼」といった作品のように、得体のしれない不気味な雰囲気が漂わせるのがうまいなと思います。「残穢」はそんな雰囲気が全編にわたり漂っています

なぜこの作品を紹介するかというと、ここでも炭鉱事故がちょっと関わっているからです。これ以上はネタバレになるので、書きません。ぜひ作品を読むなり、見るなりして楽しんでさい。
小説と映画が異なることはよくあるので、映画の出来はわかりませんが、小説はおすすめです。

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